第7回:光は物差し?


【まえおき】
 私は若い頃から『そうたいせいりろん』に違和感を感じていた。
 勿論、そうたいせいりろんは偉大な理論であり、科学や技術の分野に多大なる影響を与え、世界に貢献している理論である事は間違いない。
 それに、私の知識なんて、ニュートンクォークなどの科学雑誌?や、それらの別冊特集本を読んだ程度のものである。

 なので、今回、もう一度勉強しなおして、私が持っている違和感を再確認してみた。
 勉強と言っても、本やネットのサイトを検索して見てみる事くらしかできないのだが・・・(^_^;)

 少し大きな本屋に行くと、この関係のコーナーには山ほど色々な書籍が並んでいる。
 おおよそ半分は、科学雑誌の別冊や「すぐに解る・・・」的な紹介本である。
 これらの本は、そうたいせいりろんが予言する『奇妙ぉ〜な世界』?を、まるで事実であるかのように面白く掲載してあるのだが、その根拠になる理論の中身に関しては殆ど書かれていない様である。

 もう半分は、『やはり間違っていた』系の批判本である。
 こっちは、そうたいろん擁護派から『トンデモ科学』もばかにされ、相手にされていない内容が多い様である。

 一方、私が欲しかった専門書は、入手が難しく、新潟市では最大手の本屋でも『予約不可』であった。(T_T)
 もっとも、専門書は和訳されたものが少ないので、原書では読むこともままならないし、内容も私ごときでは敷居が高過ぎるかも知れないのだが…(^○^;)

 結局、ネット通販で3冊の本を入手した。

 最初に読んだのは、3冊の中で一番価格が高い¥1,600(税別)、日本人の研究者?が書いた『・・・の大嘘』的な有名な批判本。
 あいんしゅたいんの写真が挿絵の様に大量に使用された275頁の本で、装丁は確かに値段なりといえたのだが・・・

 その内容は・・・”史上(私上)最低のばか本”だった!凸(▼▼メ)
 275頁の殆どが同じ内容の繰り返しで、同じ言葉の繰り返しである!
 しかも、その内容は、科学的でも理論的でもなんでもない、全く酷いたわ事だ!(−_−;)
 『大嘘』はてめぇ〜だぁ〜!金返せぇ〜!(爆)

 2冊目は、¥870(税別)で、日本人の物理学教授が書いた『・・・の矛盾を解く』系の解説本?
 論旨は、理論の部分的な別解釈的なもので、その解釈自体は私には「大同小異」にしか感じられなかったが、本全体の内容自体はきちんと研究された説得力がある内容に思えた。

 3冊目は、一度注文して在庫切れだったが、2度目の注文で入手できた。
 価格は¥500(税別)で一番安かったが、これだけ文庫なので割高かも知れない。
 この本は、その名もズバリ『あいんしゅたいんのそうたいせいりろん」である。
 これは、あいんしゅたいんが最初に出した論文『動いている物体の電気力学』(いわゆる「とくしゅそうたいせいりろん」)の邦訳と著者による解説本だ。
 訳者は、一般ゲージ理論の研究で有名な日本人理論物理学者であり、内容自体は(原文に対して正しいという意味で)信頼できそうに思える。

 本来なら、この本を最初に読んでおくべきなのだが・・・実は、まだ読み終えていない。(爆)

 ネットでも、そうたいろんとかで検索すると多くのサイトがヒットする。
 殆どは大きく別けて解説サイトと批判サイトに大別されるのは書籍と似たような傾向だが、解説サイトはそれなりに親切丁寧なサイトが多い。
 「そうたいせいりろん」だけでなく、『』とかで検索すると光学系など多彩なサイトがヒットする。

 解説系では、アニメーションなどを使って親切に解説されているのは『TACラボhttp://homepage1.nifty.com/tac-lab/index.html
 批判系で有名らしいのは…http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/
 トンデモ系では…http://www.ni.bekkoame.ne.jp/tsuneizumi/
 光関係で驚きの映像(動画)を掲載している『久保田ホログラム工房http://homepage2.nifty.com/kubotaholo/hamen.htm
 独自の手法で理論を解析しようという興味深いサイトとして『逆説の相対性理論http://homepage3.nifty.com/gyakusou/index.html

 さて、3冊の本(1冊は途中)を読み、色々なサイトを見て回ったが、私の違和感は解消しなかった
 しかし、違和感の正体と、私なりの解釈は少しずつ明確になってきている。
 その状況、進捗を、都度ここに掲載して行きたいと思っている。

 つまり、中途半端なうちの見切り発車企画なのだぁ〜!(爆)


 まず始めに、『そうたいせいりろん』の簡単な(わたし流の)解説から始める。
 そんな事は皆さんご存知だろうし、興味の無いかたは元々こんなページは見ないだろうから意味の無い事かも知れないのだが・・・(^○^;)

 上にも書いたが、「あいんしゅたいん」が最初に発表した論文『動いている物体の電気力学』は後に「とくしゅそうたいせいりろん」と呼ばれるようになった。
 この論文は、それまでの『相対性原理』に『光速度不変』という前提(原理)を加えて、観測者と運動している物体の間の時空(時間と空間)の関係を数式化した理論だ。
 但し、「とくしゅそうたいせいりろん」は「等速直線運動」をしている慣性系(観測者や対象となる物体)同士の関係式である。
 ※.同論文の第2部「電気力学の部」で加速度にも触れているし、速度を細かく変化させる(微分)によって加速度系も導けるらしい…

 後に、重力(等加速度系)を組み込んだ『いっぱんそうたいせいりろん』が発表されたが、慣性系(等速直線運動)と等加速度系は明確に区別しなければならない。
 安易な解説本では、この区別が明確でないものも少なくないので注意が必要だ。

 それでは先ず、『とくしゅそうたいせいりろん』から始める事にする。

 まず『相対性原理』とは何か?
 第一に全ては相対的であるという事。<それだけかよ!(爆)

 例えば、時速40キロと60キロで同じ方向に走る2台のクルマがあったとする。
 片方から見ると相手は時速20キロで進み、もう片方から見ると時速20キロでバックしている様に見える。
 これは、時速140キロと160キロでも、時速200キロと220キロでも全く同じである。
 違いは、他の速度の第三者(地上で静止している人など)から見た場合であるが、そんな事は2台のクルマの関係だけを見れば無関係である。
 そもそも、地上(地球)だって、自転しているし、太陽の周りを公転しているし、太陽系は銀河系の中で回転しているし、銀河系も他の銀河との関係で移動して・・・
 つまり、きりが無いのである。(笑)
 また、この様に『運動』しているそこの立場に立った世界を各々の『』と呼ぶ。

 第二に、時速40キロで走るクルマであろうと、60キロであろうと、何キロであろうと、その系で起こる物理法則は(どの系でも)同じだという事。
 例えば、リニアモーターカーの様な全く揺れない乗り物があったとする。
 この乗り物が停車していようと、時速100キロであろうと、時速1000キロであろうと、この中の物理法則は同じである。
 地球は丸いので、あまり速度を上げると重力や遠心力の影響を無視できなくなるけど…(^_^;)
 また、上に書いた時速40キロと60キロのクルマ同士が作用する物理法則(電磁気作用など)も、速度差が同じ(時速20キロ)なら2台がどんな速度でも同じである。
 従って、物理作用をいくら詳細に調べても、お互いの速度差以上の事(どちらが動いているか?など)は解らない

 もう一方の『光速度不変』とは何か?
 これは、あいんしゅたいん自身が論文内で「一見すると矛盾しているように見えるが…」と書いているのだが…
 『光は真空中を光源の運動状態に関係なく一定速度cで伝播する』という原理だ。
 これは、良ぉ〜く考えると「一見」どころでなく、とんでもない矛盾だと私は思う。

 ここで、どう矛盾しているかを説明する前に、今回のテーマ『光は物差し?』について書いておこう。(笑)

 このシリーズの第2回で書いた様に、今や『1m(メートル)』の定義自体光の速度の逆算である。
 従って、光は最も精度が高い「物差し」である・・・まぁ、精度が高いというよりも、それ自体が『定義』なんだから狂い様が無いのだが…(^○^;)
 例えば、私の身長を「1m」と定義すれば、私の身長が伸びようが縮もうが私の身長は『1m』である。(笑)
 しかし、そんな定義をしたら、世界中がめちゃくちゃになってしまう!(爆)
 つまり、逆に言えば、それ程に、どんな物質よりも光の速度は安定して一定だという事である。

 また、天体や素粒子の世界など、直接に物差しを当てられないような事象を観測する場合、光(または電磁波)を観測するしかない
 また、光は様々な特性から観測対象としてうってつけである。

 まず、光の直進性の良さは、物体の形状や位置を正確に観測する事に繋がる。
 また、無限といって良い寿命が、宇宙という遥かな距離を克服する。
 例えば、100億光年もの遠い星の光が地球に届く。
 つまり、その光は100億年もの間、崩壊せずに宇宙を旅して地球に到着しているのである!

 更に、光は光同士の相互作用が殆どない。
 晴れた日に夜空を見上げると星が見える。
 「星が見える」というのは、『直径僅か数mmの瞳孔を通して光が網膜を照らして視神経が反応するエネルギー』が伝播されているという事である。
 そして、立っている位置を変えても、星は同じ様に見える。
 つまり、瞳孔の位置を変えても同じ様に星の光が入って来るという事である。
 という事は、それ程の密度で地球上どこでもくまなく照らしているのである。
 いや、地球上どころか、見えている星から全ての方向に広がりながら、何光年も何万光年も広がって宇宙中をくまなく伝播しているのである。

 そしてそれは、たった1個の星の話であり、肉眼で見えるだけでも、8600個もの星の光が地球に届いているのだそうだ。
 更に、我らが太陽系が含まれている銀河系だけでも14億個の恒星が光輝き、更に、この宇宙にはそんな銀河が1000億個以上も存在している。
 つまり、それ程、この宇宙は『光の伝播に溢れている』のである。
 それでも、100億光年もの遠い場所からの僅かな光でも、他の光に邪魔されずに地球に届くのである。

 こうして考えると、旧約聖書の創世記で神がこの世界に最初に作ったのが『』であったというのは、妙ぉ〜に説得力があるように思えてくる。(笑)


【続く】