第3回:有限と無限(宇宙の果て)
【宇宙の果て】
小学生のとき、私は二つの「無限」について悩んでいた。(笑)
一つは、『宇宙の果て』である。
宇宙には果てはあるのか?
果てがあるとすれば、その先はどうなっているのか?
「無限」という概念が、どうしてもイメージできず、考えれば考えるほど、訳が判らなくなった。(^○^;)
そこで、まず「存在する」という事を考えてみよう。
モノが存在するというのはどういう事なのか?
先ずは「目に見える」というのがある。
しかし、透明の物体も存在する訳だから、目に見えなくても存在するモノはある。
ならば、「質量」があれば存在すると言えるのだろうか?
いや、光やニュートリノは質量が”0”だと考えられている。
ならば、「存在する」というのは何なのか?
突き詰めれば、大きさ(長さ・体積)があるとか、重さ(質量)があるとか、何かしらの力(エネルギー)であるとか、兎に角、(たとえ間接的であっても)『計測』できれば「存在する」訳である。
逆に言えば、計測できないモノは存在しない・・・のである。
『計測できない』というのは、”何に対しても全く反応しない(影響を与えない)”という事だから、存在しないのと同じである。
という事は、「存在する」という事は、『計測できる』という事なのだから、計測した結果(答え)がある訳である。
従って、「存在する」という事は、大きさなり重さなり強さなり、何かしらの『有限の値』がある訳である。
つまり、”存在は有限である”という事になる。
宇宙は、遠い過去に、ある一点で起こったビッグバンから膨張して今の宇宙になったと言われている。
そして今でも膨張を続け、地球から遠い星ほど速い速度で遠ざかっている。
また、星はそれぞれ光を放っていて、その光は宇宙の外側へも進んでいるだろう。
だから、宇宙の果ては、最果ての星ではなく、その先へ放射されて、現在も飛び続けている光の最先端という事になるだろう。
では、その最先端、宇宙の果てまで一気にワープして、更にその先へ向かったらどうなるのだろう?
その場所に着いただけでは、光に追いつかれてしまうので、それ以上の速度で宇宙から離れなければならない。
兎に角、宇宙の始まりに放射された宇宙の果てを進んでいるその光さえも届いていない場所を、光にさえ追いつかれない速度で宇宙から離れていった場合・・・
そこは、周りに「何も存在しない」という世界である。
何も存在しない(観測できない)という世界では、いくら移動しても『長さ・距離・位置』が計測(観測)できない。
距離が計測できないから、速度が無くなる(計測できない)。
いや、理論的に距離や速度が計算できたとしても、何時間、何年、何億年と移動しても、何も存在しない(観測されない)のだから”速度という概念に意味が無くなってしまう”のである。
同様に、『時間』も存在しなくなる。<「時間」という概念に意味が無くなる。
つまり、『無』の空間(空間と言えるのかは判らないが)では、”長さも、速度も、時間も存在しない”のである。
だから、”宇宙の果ての先は無限の無の空間である”と言えると同時に、『宇宙の果ての先は空間も時間さえも存在しない』のである。
何だか、禅問答みたいですか?(笑)